ヨニヨニ さん (韓国 40代 女性)
能の舞台構造には「鏡の間」がありますね。世界中仮面をつける芸能は多くても、「神に扮する」ための特別な装置は日本独自のものと知っております。
観阿弥世阿弥の時代から「鏡の間」の構造はあったのでしょうか。演者として、舞台に出られる前、鏡の間にどれほどいて、主に何をなさるのか、個人的な経験を踏まえて教えていただきたいです。
とても良い質問ですね。有難うございます。
今の能楽堂の形になったのは江戸時代より少し前の豊臣秀吉の頃と聞いております。そのため、鏡の間が存在し始めたのもその後と考えられます。世阿弥の頃はいろいろな形の演劇空間があったようです。
現代の我々能楽師にとって鏡の間という空間は舞台で演じる上で、非常に重要な空間です。鏡の前に座ることを許されるのはその曲の主役(シテ)を勤める者一人です。演者は衣装を身に着けた後、あとは面を着けるのみという状態で、鏡の間の鏡に対峙して座ります。装束を着けた自分の姿を見て精神を集中します。時間はその役者の好みによりますが衣装を着けるのはその曲が始まる30~40分前から始め、鏡の間には出番直前まで対峙しております。舞台に出る時間と自分の気持ちとを見計らい、気を整え、鏡の前で最後に面を着けます。この手順は普通の演劇の役作りとは異なり、能面の持っている魂に自分を引き抜かれていくという受け身の行為です。受け身というのは消極的に考えられがちですが、能面を顔に着けた瞬間の暗黒の中に押し込められた役者はそれに抵抗する精神力が必要となります。この精神力を持つことが一般的な演劇界の「役作り」という言葉に置き換わるのかもしれません。
2017年3月30日更新