お能の質問箱

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小面 さん (女性)

以前に能面の内側の世界について質問いたしました小面と申します。その節は丁寧にご回答くださりありがとうございました! 
雄人先生の演能への誠実な御姿勢をうかがうことができ、より深く御舞台を拝見できる気がいたします。
さて、今回は能楽師の方の「手」についてお尋ねいたします。皆様、とてもきれいな 手をしていらっしゃいます。特に唐織からのぞく名手の方(ご高齢でも!)の手は、 それこそ白魚のように美しくていつも見惚れてしまうのですが、能楽師の方々は何か 特別なお手入れをされているのでしょうか。それとも、常に指先まで神経が行き届い ているから、おのずときれいな手になるのでしょうか。

今回のご質問、お答えするのが少し困難でした。と申しますのも、手の状態について意識している能楽師はほとんどいないと思われるからです。私自身、全く気を遣っておりません。元々男性中心の芸能ですので身体の表面について手入れをしている方はあまりいないかと思われます。(昨今では保湿クリーム等もあり、使用している演者もいるかもしれませんが、舞台の為というより、日常生活の便の為と思います。)但し、舞台の上での手の握り方や扱いとなると、これはまた別問題となり、やはり意識している演者が多い、というより意識しなければなりません。この点に焦点を当ててお答えしようと思います。

先ず、能狂言のいわゆる立役の演者は全て鍵手という独特の手の握り方をしております。いつ頃からこの様な握り方になったのかは定かではありませんが、いわゆる拳になる握り方よりも見た目に品がある事は確かです。実は我々演者は舞台の上でなるべく肌の露出を避けております。当然の事ながら、大部分は装束に覆われ素顔も面に隠されます。(以前のご質問でお答えしましたが、顔がスッポリ隠れてしまうと不自然ですので、顎付近は少し露出しますが、これは既に能面の一部と考えております。)唯一覆う事が出来ない部分が、両手となります。指先が使えなければ扇も扱えず、その他諸々の所作も出来ません。然し乍らそれでもなるべく両手が見える事が少なくなるように装束を着けております。手の甲がお客様のお目に触れる事の少ないよう、袂や袖は大きく作られております。いわゆる鍵手というのは、小指を確りと握り込み、残りの薬指と中指は楽に曲げ、人差し指と親指にて鍵のような形を作る握りです。先ほど申しました大き目の袂や袖の端を小指にて持ち、扇もそれと同時に持つと手の甲もあまり露出しないので、自然とこの様な握り方になったのではないでしょうか。扇を持たない左手も同じ握り方にすると、唯の握り拳よりも柔らかく見える、いろいろな利点から成立した様な気がしております。表面的な部分に手入れをしている演者は少ないと思いますが、両手の扱いにあたってはかなり神経質になっている演者が多いと思います。この握りを解き指先を伸ばしシオルことにより涙を表し、またある時は、強く握り拳を作る事で強い感情を表現したりと、手の動きにも様々ございます。舞台のその時々の役者のその扱いにご注目くださいませ。

最後に亡くなられた先先代のお家元、喜多実先生が私が子供の頃に稽古場で、喜多流の両腕の構えは武術の柳生流から来ており、小指を確りと握り込む事で両腕の外側に力が漲り、丸腰で斬りかかられてもこの構えで防げば無意識の腕にて防ぐより多少の防御になるのだそうだ、とおっしゃられていた事をこのご質問で思い出しました。当流は特に両腕の構えを大事にしております。構えに細心の意識が出来ぬ者は、その一曲に心が宿らぬと稽古を受けて参りました。何気ない自然なる構えになるまでには、かなりの修練と時間がかかります。かく言う私も、構えについてまだまだ至らぬ点もあり、修正、改良の日々と共に、この意識が薄れることが芸の下降と考えております。確りと、且つ無駄な力みも無い自然体としての構えの先にある手が美しく垣間見えているのかもしれません。やはりこれも、演者の力量とお客様の鑑賞眼によるものかと感じております。

今回も自分自身を振り返る事の出来るご質問を頂き、ありがとうございました。

友枝雄人

2017年6月12日更新