お能の質問箱

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通 さん (大阪市 40代 女性)

私の父は趣味で能面を打っています。
それがきっかけで能面について調べるようになりました。
能面は作品で決まっているのもあれば、決まっていないのもあるのですね。
たとえば「道成寺」は近江女だったり曲見だったり、「船弁慶」の知盛は三日月、鷹、淡男と違っています。
舞台で演じるとなったとき、どなたが決めているのでしょうか?
また「この面でいくぞ!」といった決め手みたいなのもあるのでしょうか?

ご質問、ありがとうございます。
お尋ねの内容、能楽師にとってとても重要な部分です。
能にとって面は全てだと申し上げても過言ではありません。身体の表現、装束の意匠、演目のテーマ、細部に至るまで能面を着ける事が前提となり成立しております。世阿弥の頃に面の分類や、使用の規律が存在していたのかは、専門家の研究にお任せするとして、現在の様な決まり事が成立したのは江戸時代の幕府の武家式楽として定められた頃からだと思います。
ご質問の通り、演目によって使用する面が定められております。また、その決まり事もシテ方の流儀によって異なります。例えば、私共喜多流では、「羽衣」の面には、小面を使用します。ご存知かもしれませんが、小面は可愛らしさを前面に出しております。他流では増という面を使用する流儀もあると聞いております。増は、可愛らしさよりも美しさ、人間を超越した美の表情という印象があります。これは、「羽衣」のシテである月世界の天女をどの様な存在として捉えるか、という事に繋がります。
月から降りてきた天女でありながら可憐な姿か、または超越したクールビューティか。同じ詞章で舞台が進んでも全く違う世界が広がると思います。
ところが、当流でも『替え』と称して、決まり事から少し変化させても良いルールがあります。身体の動きである型にもこの『替え』という変化のルールはあるのですが、流儀で定めているテーマの理解から、少し変化させても良いという規則とお考えください。
当流にも「羽衣」に前述の増の面を使用する事が、この『替え』として許されております。これは演者がその日の「羽衣」のテーマをどこに置くか、という判断によって使い分けられたり、その日の他の演目で既に小面が使用されていたりした場合にこのルールが適用されると思ってください。
それ故に、基本的にはこの『替え』という手法は、初めてその役を勤める者や、まだ経験の多くない者には適用されない事が前提です。いずれにしても、面を使いこなして舞うという事はかなりの技量で面に負けない舞い方から入る事が我々演者の修行過程になります。面を選択して舞台を勤める技量になるまでには、かなりの時間と経験を必要としております。
また一言で小面と言ってもその表情には千差万別ございます。私共にとって良い面とは、そのお顔の姿や表情を拝見した時に、舞いたい演目が身体の中に浮かんでくる面、それが良い面なのではないかと考えております。この面で、いつかあの曲を舞いたい、舞える様になりたい、ならねば、これが我々能楽師の舞台に立つ意義と宿命なのだと思います。

 

友枝雄人

2020年5月7日更新