2016年6月20日

井筒を巡って3(紀有常の娘って?)

それでは実際の「井筒」の舞台進行を見てみましょう。
前回と同じく「井筒」の詩章をご参照ください。
井筒詞章
最初のワキの言葉はいわば「井筒」という能の舞台設定を説明しているのですが、その言葉に
「さてはこの在原寺は。いにしえ業平、紀有常の息女。夫婦住み給ひける石上なるべし」とあります。
ここで伊勢物語には出てこなかった、紀有常の息女が出てきます。
ご存知の通り伊勢物語は短ければ二、三行、長くても数十行の短い段が百以上もある我が国最初の歌物語です。主人公は在原業平とみられる男性で、その多くの段が「昔、男ありけり。」と始まるところから、この業平とみられる主人公を「昔男(むかしおとこ)」と呼んだりしますが、この昔男と恋を繰り広げる女性たちのほとんどに名前がありません。二条の后(藤原高子)が登場することがありますが、これはむしろ例外で、これらの女性の出自については全くと言っていいほど何も書かれてはいないのです。
ところが世阿弥の時代になると伊勢物語の注釈が様々あったようで、この段とこの段の女性は同一人物で、この女性は誰でなどという解釈が当たり前にされていたようです。逆に、井筒の詞章から判断すると、十七段と井筒の二十三段の女性は同一人物と考えられていたことがわかります。
紀有常については十六段にも記されており、史実的にはどうやら業平は有常とほぼ同時代を生きていたので、有常の息女と業平が幼馴染というのかなり無理がある設定ではあります。ちなみに紀氏は大化の改新以前からの古代豪族でしたが、有常の時代になると藤原氏に押されかなり不遇な状況だったようで(十六段)、そうした血筋はいいけれど幸せではない状況が、同じく出世の道を断たれた業平には相応しいと思われたのかもしれません。

さてさてそうした知識はともかく、「井筒」は井筒の女=紀有常の娘という大前提のもと物語は進んで行きます。
ワキの旅僧が在原寺に訪れて、在原業平、紀有常の息女、紀有常のことを弔っていると、どこからか女性が現れて古塚に花水を手向けるので、言葉を交わすとここでの業平と有常の娘の出来事を語り、自分がその有常の息女であると打ち明けて姿を消してしまう、というのが前半のストーリーです。

前シテが出てきてから初同(最初の同音=地謡)までは現在の廃寺同然の在原寺の様子を描いています。
前シテの次第(登場する時の囃子の一種)以下のシテの長い謡は、状況とともに心境も言葉に現されていて中々意味深な言葉が続きます。そして初同の詞章はワキとシテの見ている現在の在原寺を表現しているのですが、それは同時に観客の想像力にその景色を訴えてもいるのです。

そしてシテは求められるままに業平と有常の娘の物語を始めます(序以降)。
ここから舞台上の動きは中入まで全くと言っていいほどありません。あるのは謡の言葉と、座っているシテとワキと井戸の作り物という景色だけです。そして序からサシ、そして曲(クセ)はほぼ伊勢物語二十三段の内容そのままに地謡が主となって謡います。本来この部分はシテである女が昔物語をするという体で地謡と一緒に謡っていたものと考えられています。ですが、今日ではシテは要所要所のところだけを謡い、ほとんどが地謡に委ねられています。この曲(一曲の中の主要となる雰囲気を作る部分)をシテが舞わずにじっと座っていることを通称「居グセ」と呼びます。井筒は居グセの代表曲ともいえますが、他にも夕顔、定家、老松、春日龍神などがそれに当たります。また曲を舞うものとしては、羽衣、東北、楊貴妃などがあります。
そしてロンギになって実は自分は井筒の女であり、紀有常の娘だと名乗って姿を消してしまいます。

井筒の後半、井戸を見いるところ。 シテ 友枝喜久夫  撮影 あびこ喜久三 

井筒の後半、井戸を見いるところ。シテ 友枝喜久夫 撮影 あびこ喜久三 

後半については特にストーリーらしいものはなく、前半の女が業平の衣装を着た姿で現れ、昔を偲んで舞を舞うという極めて象徴的なものです。後半、序ノ舞の後、かつて業平と並んで影を映した井戸をのぞくところが、井筒のクライマックスです。己の井戸に映る姿を見て何を思い出し、何に思いを馳せるのか。それを思いやることが井筒の楽しみでもありますし、見ている人の想像力を引き出すことが舞台上の我々の務めであると思っています。

友枝 真也