2019年12月31日

天鼓詞章

第十五回燦ノ会振替公演での能「天鼓」の詞章をアップします。当日も同じ物(体裁に差はあります)をお配りいたしますが、事前に斜め読みでもしていただけると当日より深い共感が得られると思います。

さて天鼓は後漢の時代の話ですが、特に原典が著名なわけでも登場人物に背景があるわけでもないので、そういう意味では観客に事前の知識を求める部分が少ないお能といえます。

最初にワキが登場して物語の背景を述べます。ここは割とすんなり理解できるかと思います。続いて前シテ(王伯)が登場して自分の息子に先立たれた悲しみを謡います。この部分、時間にして10分くらいでしょうか、ここで前シテの心情に共感できるとその後の理解が随分変わってくると思うのでちょっと詳しく解説します。

前シテで使われる「小尉(こじょう)」

露の世に猶老(なおおい)の身のいつまでか。又此秋に残るらん。

伝え聞く孔子は鯉魚(りぎょ)に別れて。思の火を胸に焚き。白居易は子を先立てて。枕に残る薬を恨む。これ皆祖師文道の大祖たり。我らが歎(なげ)くは科(とが)ならじと。思(おも)ふ思(おもひ)に堪へかぬる。涙暇(いと)無き袂かな。

思はじと思ふ心のなどされば。夢にもあらず現にも。なき世の中ぞ悲しき。なき世の中ぞ悲しき。よしさらば思ひ出でじと思ひ寝の。思ひ出でじと思ひ寝の。闇の現に生れ来て。忘れんと思ふ心こそ。忘れぬよりの思ひなれ。唯何故の浮身の。命のみこそ恨みなれ。命のみこそ恨みなれ。

最初の行は「露のようにはかない世の中に、年取った我が身がまたこの秋も生き存えている」くらいの意味です。本来ならば自分の息子である天鼓が生きていて、自分の方が先に死ぬべきであるという歎きの裏返しの詞です。

続いては、孔子や白居易という道徳や知識を持つ先人ですら我が子を失ったときは我を忘れて悲しむのだから、ましてや徳も知識もない人間にとっての悲しみは計り知れない。

そして我が子を思う思いを断ち切ろうと思うそのことすらが悲しく、生き残った我が身がつらい、と歎きます。

ここでちょっと注目して欲しいのが「思う」「思ひ」という詞です。否定形になったりしながら繰り返し出てきます。そして、忘れんと思ふ心こそ。忘れぬよりの思ひなれ、と続きます。これは一見わかりにくいですが、「忘れようと思っている気持ちの方が、唯思い出しているよりも深い思いがある」という意味です。ちょっと禅問答のようですが「忘れるとは思っているから忘れる、思い出すのは忘れているから思い出す」という考えがベースにあってこれは「松風」の「形見こそ今は仇なれこれなくは」にも通じます。

できればこの意味を踏まえた後、ごく小さな音でかまわないので最初の前シテの謡を声に出して読んでみて下さい。当日舞台上での老父の心情にぐっと入り込め、それが一曲を通じての共感となると思います。

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友枝 真也